日本大学校友会会報誌「桜縁」掲載特集 卒業生インタビュー BABA lab代表 桑原静氏 ~ダイバーシテイ、シニアの職場づくり~

BABA lab代表 桑原静氏

長生きも悪くないとみんなが思える世の中に

人生100年時代。“老老介護”や“老後2千万円問題”など、話題になるのはシビアな現実ばかりだが、どうせ長生きするなら「長生きするのも悪くない」と思える仕組みをつくりたい。
桑原さんの思いを形にした、シニアの地域コミュニティとは。

おばあちゃんの
コミュニティをつくりたい

 埼玉県さいたま市の住宅街に建つ赤い屋根の一軒家。ここが桑原静さんの活動拠点「BABA lab(ババラボ) さいたま工房」だ。
 中に入ると、オリジナル製品や雑貨を展示販売するショップがあり、工房スペースである奥の和室では、テーブルを囲んだ40~90代の女性たちが、にぎやかに談笑しながら縫製作業に取り組んでいる。工房で製作されているのは、孫の面倒を見る祖父母のための「孫育てグッズ」など、シニアのアイデアや経験が生かされたオリジナル製品だ。

 桑原さんは、工房のあるさいたま市生まれ。
 本学卒業後、企業のWEBコミュニティの企画・運営に携わる中で、リアルなコミュニティづくりに興味を持つように。そんな時、たまたま知った徳島県上勝町の「葉っぱビジネス」(*1)に感銘を受けたという。
 「コミュニティが雇用を生み、おばあちゃんたちが生き生きと働いて地域を盛り上げている。〝高齢者はサポートされる存在〟という考えは思い込みだったんだ、と衝撃を受けました」
 これを機に、桑原さんはコミュニティビジネス(*2)を支援するNPO法人に入職。都市部から集落まで、全国のさまざまなコミュニティの起ち上げや事業化支援に従事した。同時に、他方では「地元・埼玉でコミュニティビジネスを起こしたい」という思いも高まっていた。
 「私自身がおばあちゃん子だったこともあり、おばあちゃんたちが働いたり、地域で活躍したりできる場をつくりたかったんです」 
 こうして2011年、独立を決意し会社を設立。「長生きするのも悪くない」をテーマに社会の仕組みを考え、形にするババラボ事業をスタートさせた。
(注釈)
*1 葉っぱビジネスとは、料理を彩る季節の葉や花などの「つまもの」を栽培・出荷・販売するビジネスのこと。上勝町では高齢者と第三セクターが主体となって事業化し、地域活性化を実現。成功事例として映画化もされた。
*2 コミュニティビジネスとは、地域が抱える課題の解決を、地域資源を生かしながらビジネス的な手法によって行う事業のこと。

ロゴマークは、BABA labが目指す社会で、活躍する「人」がモチーフになっている
「BABA lab さいたま工房」。社名はおばあちゃん「BABA(ばば)」と、研究所「lab(ラボ)」を組み合わせた造語

キラキラしなくていい 毎日少し楽しければ 長生きするのも悪くない

役割を細分化し
孫育てグッズを製作

 最初に手掛けたのは、誰もが気軽に参加できる〝ものづくりの工房〟をつくることだった。
 「おばあちゃんたちの得意な物を手作りして、それを売ったお金をお給料として渡す。そうしたモデルをつくりたいと思い、100歳まで働けるものづくりの職場『BABA lab さいたま工房』を開設しました」
 当初は肝心のおばあちゃんたちがなかなか集まらず苦労したが、新聞で活動が取り上げられると少しずつメンバーが増え、工房にミシンを並べて製品作りのアイデアを練り始めた。
 「親世帯と近居して、孫の面倒を見てもらいながら共働きをする若い世代が増えている中で、祖父母が使いやすいグッズが少ないという話になり、〝孫育てグッズ〟を作ることに決まりました」
 試行錯誤を重ね、2012年に完成したのが「抱っこふとん」だ。素材や赤ちゃんの抱きやすさにこだわった作りで、これを使うと腕力が弱くなったシニアも疲れにくく長時間抱っこができると評判を呼び、多い時は月200枚を売り上げるヒット商品になった。  
「賃金は、ミシンでの縫製、綿入れ、アイロンがけなど、作業工程を細かく分け、金額表を作って支払っています。作業を細分化することで〝年齢を重ねて針仕事が厳しくなったら縫製から簡単な作業に切り替える〟など、働き方を柔軟に考えることができます。シニアにとっては、お金を稼ぐことと同時に〝役割があること〟も大切な要素。あらゆる場面で役割を作り、活躍してもらっています」

桑原さんの祖母・絹子さん(右)は最年長の93歳で裁縫チームのエース。
87歳の俊子さん(左)は、「ここに来て皆さんとお話するだけでも楽しい」と、出勤日を心待ちにしているそう

プレートに刺繍糸を通す細かい作業もお手のもの。色鮮やかなブローチやチャームを次々と仕上げる絹子さん


抱っこや寝かしつけのほか、授乳やおむつ交換にも便利に使える「抱っこふとん」。1点ずつ手作業で丁寧に作られている。商品はオンラインショップでも購入できるhttp://baba-lab.shop-pro.jp/

「こういう場所が地域にあったらいいよね」というモデルとして、「BABA lab さいたま工房」はババラボ事業の広報の役割も果たしている


〝悪くない〟に込めた
超高齢社会のリアル

 工房の運営を皮切りに、ババラボはさまざまな事業を展開してきた。現在は、自治体からの受託で、高齢者向けの生涯学習の場やセミナーを企画・運営するほか、企業向けに、シニアの声を生かした商品・サービスの提案やマーケティング調査も行う。
 また、シニアの本音を探り、その声を発信する活動にも力を入れる。親と子の両世代が本音を語り合う「ホンネ会議」の開催や、シニアユーチューバーの発掘・育成もその1つ。80代のシニアの動画作りをサポートしたり、コンビニスイーツなどの身近なテーマについてシニアたちが意見を交わす動画を配信したりと、コンテンツの充実も図っている。
「事業の幅を広げたら、おじいちゃんたちの参加も増えてきました。新企画として、おじいちゃん発信の学びを手作り動画で伝える〝ジジスクール構想〟も始動しています」
 さらに2020年には、ITを使って地域課題の解決を目指す任意団体「シビックテックさいたま」を設立。さいたま市との協働で、セカンドライフ適正診断ツール「人生これから診断」を開発した。これは、定年退職後に何をすべきか迷っているシニアに向けて、自分に合った活動の紹介と情報提供を行うもの。セカンドライフの第一歩を促すためのツールだ。
 「ババラボのテーマは、長生きが〝いいね〟ではなく、長生きも〝悪くない〟です。国の政策では『高齢者は生きがいを持って生き生きと』と言われますが、長生きは必ずしも〝キラキラ〟したものではありません。時にはつらいこともあるけれど、その中でいかにちょっとした楽しみを見出すか。そこを大切にしたいと考えています」
 男性は4人に1人、女性は2人に1人が90歳まで生きる時代。これからシニアになる60代以下の人たちは、年金受給への不安など、長生きにネガティブなイメージを持つ人が増えているという。
 「だからこそ、当事者であるシニアと、いつかシニアになる若い世代が一緒に考えて取り組むことが重要です」
 まずはシニアのことを知ってほしいと語る桑原さん。年齢や立場を超えて分かり合うための出発点は「知ること」にあるのだ。


傘の持ち手カバーやオリジナルデザインのバッグなど、「BABA lab さいたま工房」で販売されている手作り雑貨


人気の「ちょうちょクリップ」はノベルティやプチギフトにも最適。お菓子の袋やカーテンを留めたり、便利に使える
※日本大学校友会会報誌「桜縁」デジタル版のバックナンバーはこちらからご覧いただけます。

1997年芸術学部映画学科卒業
Shizuka KUWAHARA
約10年間、WEB制作や企業のコミュニティサイトの企画・運営に従事。NPO法人コミュニティビジネスサポートセンター勤務を経て、2011年シゴトラボ合同会社を設立。2022年商号を合同会社ババラボ(通称BABA lab)に変更。シニアの声を生かしたサービスや場づくりに取り組んでいる。1児の母。
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