アーティストの豊かな感情表現のカギは体力の向上にあり

 私たちは日々の生活の中で、動画を見ながら食事をしたり、歩きながら飲み物を飲んだりと、複数の作業を同時に行うことができる。これらの作業は、どちらも特に注意をしなくても難なくできる。上記のようなそれほど注意を必要としない作業の処理過程を「自動的処理」と呼ぶ。しかし、例えば試験直前の授業動画を確認したり、テイクアウトした飲み物がやけどしそうなほど熱い場合には、そこに多くの注意を必要とし、同時に他の作業を行うことは難しい。このような注意が必要な作業過程を「意識的処理」と呼ぶ。
 私たちが複数の作業を同時に行う際には、それらの作業の中のより複雑な作業やより重要な作業に注意を分配する必要があるが、私たちの分配できる注意資源は一定の限界を有するといわれているため、複数の複雑な作業を同時に実行するのは非常に困難である。これが芸術の世界ではなおさらで、特に舞台に上がる分野では、舞台の上で姿勢を作り、歌を歌い、演技をして、客席に届くような大きな声でセリフを述べて、さらにそこに感情をこめて、それらを幕が下りるまで維持する必要がある。これらのうちのどれかでも「自動的処理」ができれば、他の部分に注意を分配できる。そこで、体力作りが重要になる。稽古をしてセリフを覚えたり、歌を間違えないようにというのは当然行うだろうが、さらに運動を行い、姿勢の維持や長時間の演技に注意を分配しなくてよくなれば、より多くの注意を感情の表現などに分配できるようになるのである。
 芸術関係の部活などで筋トレやランニングをさせられた人もいると思うが、これは長時間の作業を可能にするための持久力を向上させるだけではなく、体力を向上させることで「自動的」に処理できる部分を増やし、感情表現などの、より重要な「意識的処理」に注意を分配できるようになるという目的も含まれているのである。

芸術教養課程
小沢 徹
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