写真に美術、音楽、演劇、放送と、芸術学部の5学科の教員や助手、学生の総勢23人が、石川県小松市の小松市立高校で「夏のスペシャル合同授業」と銘打った体験授業を開催したのは、2019年8月下旬の2日間のこと。
初日のテーマは「映える高校生活の撮影法」だ。
日藝では同じ「撮影」でも、写真学科では「静止画撮影」を、映画学科と放送学科では映画やテレビの「動画撮影」を学んでいる。
日頃は別々のアプローチで「撮影」を教えている写真学科の田中里実教授と放送学科の安部裕教授、静止画と動画のカメラマンとしてスペシャリストである二人の教員が、この日は学科の枠を越えてタッグを組み高校生への授業に挑んだ。
構図の基本からはじまり実際の撮り方まで、高校生たちは講義とワークショップと講評を通して撮影の楽しさと極意をみっちりと学んだ。
2日めは美術学科・彫刻コースの鞍掛純一教授と飯田竜太准教授、音楽学科・情報音楽コースの川上央教授・三戸勇気教授・駒澤大介講師、そして竹田香子講師らが登場する。
彼らも日頃はそれぞれの学科で、彫刻や、コンピュータなどを使った音楽作りを教えている。
通常の授業では交わることのない教員たちが、高校生のために今までなかったアート体験を生み出すべく一つのチームを組んだ。
先ずは小松市特産の石材から「地球の音をイメージするオブジェ」を高校生たちが彫り出す。
その彫り出す音をコンピュータにサンプリングし、小松市の名産である九谷焼で作ったオリジナル楽器と一緒に、全員が一つの音楽を生み出すエクスペリメンタル・ミュージック(実験音楽)を演奏する。
背景に映し出されるビデオ映像には、石切り場から石材を切り出す男たちと幻想的なダンスを踊る演劇学科の学生が映し出される。
これも放送学科の安部教授と学生たちが撮影・編集した映像だ。
小松ならではの「石と九谷焼から生み出すアースミュージックワークショップ」と題するそれは、高校生たちに故郷のすばらしさを現代芸術の創作から再発見させる大胆な試みだ。
受講したのは高校の芸術コースで学ぶ美術専攻と音楽専攻の生徒たち。
同じ芸術ではありながら普段とはまったく違うアート体験に触発され、「写真の構図を考えることは、デッサンにも通じることがわかった」「違う視点をもつことの大事さがわかった。この体験から自分の可能性が広がれば」と、興奮も冷めやらぬ様子で異口同音に振り返っていた。
コロナ禍の2020年と2021年は現地には行けなかったものの、リモートで東京江古田と小松を結び、オンラインでの「映えるスマホ撮影」のワークショップ授業が行われた。
芸術学部が小松市立高校への出前授業に乗り出したそもそものきっかけは、2024年春の北陸新幹線の路線延伸を迎える小松市から、地域活性化への協力を求められたことだった。
とはいえ、単なるにぎやかさだけのお祭り騒ぎにはしたくなかった。多彩な出会いと才能がつながり、そしてぶつかりあうことで、自ら〈化ける〉ことを目指す。それこそが日藝であり、そうでなければ日藝がかかわる意味はない。
調べてみると、小松市には音楽専攻・美術専攻の芸術コースを抱える小松市立高校があった。
そうだ、この高校とアートでつながってみよう!高校で学ぶ芸術、大学でより専門性を磨く芸術、アプローチは違えど「ものづくり」への想いは一つである。
アートの枠を越えて一つのものづくりを共有する。高校と大学がつながる。小松と江古田がつながる。美術と音楽と写真と放送と演劇がつながる。今までにない、そして世界に一つしかない新しいアート体験が生まれた瞬間である。
この授業をプロデュースしたのは放送学科の星野裕教授。広告の企画や制作を研究分野としている。
この小松市とのプロジェクトではプロデューサーとして参加し、小松市や小松市立高校との折衝、授業の企画や実施準備を担当した。
高校生や大学生や教員たちの貴重なアート体験の場の創造という大義名分を立てつつ、この「アートの融合とカオスから生まれるどこにもない瞬間」を一番体感したいと思っていたのはほかでもないプロデューサー自身だ。
人をつなげる。アイデアをつなげる。思いもかけないものをつなげる。そこから新たな何かを生み出していく。プロデュースの醍醐味は「つなげる」ことにある。つながることで新しい何かに化けていく。
今日藝が目指しているのは、まさにこのトランスフォーメーションなのだ。
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