声は、世界に触れる手段

声は、身体より先に届き、あなたのことを隅から隅まで伝えてくれる。

声はあたたかく、声はつめたく、声は強く、声は弱く、声は速く、声は遅く、声は広く、声は狭く、声は堅く、声は柔らかく、声はもどかしく、声は果てしない。

声は、あなたそのもの。

あなたの生きてきた足跡がすべて声に乗り、あなたを世界へ運んでくれる声。

声優の仕事

声優の仕事は、マイクに向かって声を収録することではない。

声優の仕事は、産むこと。これに尽きる。

物言わぬアニメーションのキャラクターが、外国語をしゃべる異国の映画俳優が、あなたの声によって新たに生命を吹き込まれる。そのとき、初めて、生まれる。

そうして産まれた人物は、動き出し、羽ばたき、どこか知らない人のもとへ届いていく。あなたの人生と誰かの人生が声でつながり、ネットワークが世界を包んでいく。

あなたにも、そのキャラクターにも、その動物にも、その風景にも人生がある。

よろこびもあれば苦しみもある。葛藤もあれば対立もある。目的もあれば障害もある。

声優の仕事は、自分の人生を生き、誰かの人生をまるごと引き受けることなんだ。

聞きたいのは、「いい声」でなく「あなたの声」

大きな声、高い声、美しい声、よく通る声…いろんな声を出せる人はいるけど、他の誰にもあなたの声は出せない。声は生身。声優はナマミの俳優だからね。

演技は誰かになることではなく、自分を知ることから始まる。自分の知らない自分をみつけ、自分という他者と出会う。演技の授業を受ければ受けるほど、ますます自分というものが深くなっていく。それは、時に怖いこと。そして、その怖さを受け入れること。

声は腹から出す?

いや、ちがう。

声は、あなた自身から出すんだよ。

関連授業:演技演習・演技実習Ⅰ

演劇学科
松山 立
日本大学芸術学部演劇学科准教授。初めての演技は、たしか幼稚園のとき。お弁当の時間になぜか左利きだとウソをついて、それからずっと左手で食べる羽目に。演技には責任が伴うと痛感しました。それからいろいろあったんですが、大学卒業後にロンドンの演劇学校で俳優修業をして、帰国後は演技理論と実践をつなぐ研究をしています。ライフワークとして戯曲の読書会『本読み会』を主宰。趣味はランニングと野球観戦。練馬の街を走りながら、ベイスターズの優勝を気長に待っています。
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