時代劇入門ー恋愛編ー

オープンキャンパスの模擬授業の様子

「恋わずらい」という言葉があるように、恋愛は楽しいことばかりではなく、苦しいことも多々あります。

それが「初恋」ともなると、一度きりのものであるだけに、一層忘れがたいものとして記憶されるのかもしれません。

映画は、百年以上にわたってたくさんの恋愛を描いてきましたが、1927年に公開された『忠次旅日記』(日活製作、伊藤大輔監督)は、「初恋」というイメージをみずみずしく表現しています。

『忠次旅日記』の主人公は、実在した江戸後期の侠客(義侠・任侠を建て前として世渡りする人、博徒)の国定忠治(忠次)です。

忠治は、幕末期のヒーローとして、映画以外にもさまざまな芸能で取り上げられ大衆的な人気を獲得しました。

ところが、映画『忠次旅日記』は、国定忠治を格好良く描いた作品ではありません。

子分に裏切られたあげく、捕方に追われた忠次が各地を逃亡した果てに、故郷の上州国定村で捕縛される過程を辿っています。

とはいえ本作は、主人公の悲惨な末路を描いた悲劇でありながら、潜伏先の長岡では、造り酒屋の番頭・定吉と偽った忠次と、主人の娘・お粂とのエピソードが挟まれ、男女の恋の駆け引きが鮮やかに描かれています。

SNSなどがない江戸時代では、出会いが圧倒的に少ないだけに、お粂にとって定吉は初恋の人に相違ありません。

お粂は、近所の子どもたちが遊ぶさまを見守る定吉に声をかけますが、定吉は、彼女の声を聞いていながら背中を向けたまま振り向こうとしません。

なぜなら、定吉=忠次は、お尋ね者であり、かつ故郷には妻がいるからです。そうした事実を知らないお粂は、あきらめることなく定吉の名前を呼び続けます。

定吉は、お粂の声を無視できず、おずおずと振り返りますが、彼女の情熱的な視線を真っすぐに受け止めることができません。

とはいえ、忠次も人の子、美しいお粂に心を動かされないわけがなく、それは彼の表情に明快に表れているのです。

相思相愛ながら次の一歩が踏み出せない二人の関係を促すかのように、近くの寺でお坊さんが鐘を鳴らします。

定吉に振り向いてもらおうと懸命なお粂の姿とその切なさが、絶妙なタイミングで鐘を鳴らすショットと渾然一体となることで、『忠次旅日記』を観る者は、無声映画でありながら、鐘の音が聞こえるような錯覚に陥ってしまうのです。

授業では、受講者が、映画のなかの物語を知るだけではなく、シナリオの構造、俳優の演技、監督の個性、そして映画が作られた時期の文化・社会的背景を学ぶことで、映画作品の全体像を理解し、各自の創作活動にヒントを与える内容を目指しています。

忠次とお粂、彼らの恋の行方はいったいどうなるのでしょうか…続きは日芸映画学科の必修授業である「日本映画史Ⅰ」でお聴きください。

映画学科
志村 三代子
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