君の人生がシナリオになる日

シナリオの授業の様子

シナリオってなんだろう?小説とは違い、人物の心情などカメラに映らないことは記載しない。シンプルなト書き(※1)とセリフ、時には風景や持ち物を使って人物の心情を伝え、ストーリーを紡いでいく。
それを読んだ演出家の指示のもと、各スタッフがロケ地や衣装などを選び、俳優はセリフを暗記して演技プランを考える。そのため、シナリオは映像作品の設計図・指示書と言われている。
珠玉のセリフや美しい構成を書く力も必要だが、締め切りを守る責任感と100名以上のスタッフの意見を反映する柔軟さ、または予算や時間の都合で自分の理想を崩させないための交渉力が求められる。
「書く力が5割、コミュニケーション力が5割の仕事」と先輩の脚本家が言っていた。なるほどと、デビュー当時の私も納得した。それと同時に、人とかかわらず物語を書きたいから選んだ仕事なのに…と脚本家になったことを後悔したこともある。
そして現在、執筆を続けながら、母校である日本大学芸術学部の映画学科でシナリオの書き方を教えている。
これはこの記事を読むアナタと私だけの秘密にしてほしいのだけど、私はシナリオを書くのは好きでも、脚本家という仕事は嫌いだ。
そもそも他人の意見に振り回されたくないから監督コースでなく、脚本コース(※2)を選んだくらいの人間だからだ。
「おいおい、シナリオの教員が何言ってんだ! テメエは自分の固定収入のために学生を嫌いな仕事に就かせようとしているのか!」
という声が聞こえそうだから、ハッキリ言おう。
物語を書く者にとって映像作品の脚本家になることはプラチナチケットだ。
ことテレビドラマにおいては10%の視聴率で1000万人強の人が見ている計算になる。
ドラマの関係者だけでなく、出版・映画・アニメ業界などの人にも見てもらえる可能性が高い。私自身も、ドラマ脚本を書いたことで、小説・漫画原作・映画・ラジオ・舞台など、あらゆる執筆依頼が舞い込んだ。小説や漫画に向いているかはさておき、脚本家になれば自分の好きな媒体にシフトチェンジできる。だから、学生を脚本家にしたい。
「いやいや。自分、陰キャなんで100人の意見をまとめる聖徳太子みたいな仕事なんて無理ですわ」
と言う人もいそうだから、ハッキリ言おう。
私も陰キャだ。しかも自分の言いたいことをベラしゃべりしてしまう厄介なタイプの陰キャだ。
その証拠に50社以上の企業から不採用を受けてニートだった期間はあるし、今もなお学生や同僚に煙たがられているといううわさがあるとか、ないとか…。
まあでも、そんなことは学生時代から慣れっこだ。サークルの同学年の連中が私をハブって千葉県の某”夢の国”に行き、所沢の部室(※3)に取り残されたことすらある。私にとってのミッ●ーマウスは、今も現役でシナリオと映像を教えている映画学科のT先生(当時40代後半)だった。
T先生は午前9時からのゼミの授業で、私のエグい人間関係や恋愛の失敗談を毎週欠かさず「ハハッ!」と笑って2時間も聞いてくれた。
朝からステーキを1ポンド入れられる胃袋並みの広く強い心で、T先生が受け入れてくれたことがうれしかった。
本音を言うと当時の私は寂しかった。就活で内定をもらえないし、夢の国にも行きたかったし、かなわない恋もあった。自分は世の中に必要とされない人間なのではないかとさえ思っていた。そんな私にT先生は言ってくれた。
「お前はバカなんだから、バカな話を脚本にすればいい」
その一言で私の人生が180度変わった。山崎豊子ばりの社会派テイストを目指していた脚本スタイルを変え、コメディに振り切った。
そのおかげでデビューできたし、今では笑いの要素ゼロのシリアスな作品も書かせてもらえている。小学生のころになりたかったラジオのパーソナリティも1週間だけやらせてもらえたこともあるし、結婚もできた。おそらくかなってない夢は一つもないと思う。
自分語りの自慢話を続けたうえで、またカドが立つようなことを言ってしまうのだけれど、こうして記事を書いて日藝を宣伝する必要なんてないんじゃないかと私は思う。
自分の好きなことを学べて、偏屈な人間だったとしても受け入れてくれる誰かが一人はいる。
そんな素晴らしい大学はなかなかない。だから、卒業して脚本家になって10年が過ぎて、T先生から日藝の先生にならないかと言われたとき、本当にうれしかった。
これまた完全なるエゴなのだけれど、自分のように不器用な人間を脚本家にしたい。技術やノウハウはどこでも学べるけど、書く原動力となる心のカサブタはもってない人間は案外多い。
全力で走って擦りむいた学生にこそ、シナリオ賞を受賞する方法を伝えたいし、私が不器用なりに培ったテレビや映画の人脈も与えたい。
でも本当の夢は、たった一言で悩める学生の人生を変えられる教員になることだ。そんなできすぎたシナリオが自分の人生に用意されているとしたら、某”夢の国”に行けなかったころの私も笑ってくれると思う。

(※1)ト書き—人物の行動や表情、情景などを伝える地の文章。基本的には「※※は悲しいと感じた」などのカメラに映らない内容は記載しない。
(※2)脚本コース—以前のコース名。現在は統合され、映像表現・理論コースとなっている。1年次は理論、脚本、映像を万遍なく学び、2年次より三専攻の中から一つを選択し、専門的な学習をする。
(※3)所沢の部室—所沢のクラブハウスを指す。現在は1年次から江古田校舎で学ぶが、かつては1・2年次の学生は埼玉県の所沢校舎に通い学んでいた。
映画学科
小山 正太
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