CAREER Model インタビュー企画 株式会社光潮社 営業本部所属 写真学科卒業 佐藤朝子さんに聞いた「日藝」とは??

―当時を振り返り,日本大学芸術学部へ入学された動機など,教えてください。

中学生の頃から、将来は芸術の道に進みたいと考えていました。
芸術について学べる大学は数多くありますが、その中でも日本大学芸術学部を選んだ一番の理由は、「とても自由で、懐の広い大学だ!」と感じたからです。
『8つのアート1つのハート』というキャッチフレーズの通り、様々な分野の芸術に触れられ、学科や時には学部も超えた学びの場が常にあるということがとても魅力的でした。

―学生時代はどのようなことを専門に学ばれていましたか。また,学生時代はどのようなことに打ち込まれていましたか。

最も興味があった写真をメインに学びたく、写真学科に入学しました。
授業で写真の歴史や技術について学ぶ一方、授業外では他学科の友人との自主制作に夢中になりました。
日藝には多くの人が集まっていて、本当に個性的で魅力的な方ばかり!
文芸学科の友人とは、言葉と写真で作り出す物語について、映画学科と音楽学科の友人とは、3つの芸術を組み合わせての表現についてなど、お互いの考えを毎日のように語り合い、作品作りに打ち込みました。
また、他学科の友人や先生方に誘われて、普段は受けていない授業にこっそり出席し、新しい知識を得るのもひそかな楽しみでした。8つもの学科があり、しかも垣根が殆ど無いという日藝の魅力を、フルに楽しめたと思っています!

卒業制作です。4年間本当に色々なことを学んだので、テーマは悩みに悩みましたが、最後は自分の好きなことをしようと決めました。自分の日藝生活を表す作品にできたと思っています。

―日藝に入る前のイメージと,入学後,卒業後のイメージにギャップはありましたか。

日藝は、想像以上に多種多様な人や思いが集まる場所でした!
入学前は、「『芸術が好き』『芸術について学びたい』という人が入学するのだから、自分と同じような価値観の人が大勢いるだろう」「なんとなく、同じ雰囲気を持った人が多いだろう」と思っていたので、衝撃を受けたことを覚えています。
芸術への思い、志や夢、将来についての考えや目標など、本当にひとりひとり違っていて、自分がそれまでとても狭い世界にいたこと、それと同時に守られていたこと、そして「人は皆それぞれ違う」という、当たり前ながら本当に大切なことへの気付きにもなりました。
そんな場に4年間いられたことを、今でもとても誇らしく思っています。

―学生時代に抱いていた「こうなりたい,こんなことをしたい」という「夢」について教えてください。

実家が地域に根付いた歯科医院だったため、幼い頃から人が人の為に働く、人に寄り添う姿を常に見てきたということもあり、「自分も目の前の人の為に全力で動ける人間になりたい」という思いはもともと強かったのですが、日藝生活の中での多くの出会いを通じて、「自分にとっての原動力は『人』だ」と更に強く感じるようになりました。
「自分の好きなことや学んだことを誰かの為に活かしたい」「常に人と関わっていたい」という思いをかたちにできる仕事や活動をすることが、学生時代の夢でした。

―現在のお仕事に就かれた理由や動機などを教えてください。

自分の好きな「写真」と「人」に関わる仕事、写真を介して目の前の人の為に力を使える仕事は…と考えた時、最初に思い浮かんだのが写真館業界でした。
伝統的なものへのリスペクトがあったので、歴史のある営業写真館に絞って就職活動を行い、現在の職場である株式会社光潮社に入社しました。
写真館で撮影する写真には、どんな時代になっても機械任せでは決して成立しない、人と人とが作り上げる温かさがあると思っています。
営業写真は、広告写真のように華々しく多くの人の目に触れることはありませんが、自分の撮影した一枚がお客様のご自宅でずっと大事にして頂けたり、世代を超えて受け継がれていくことも少なくありません。
共に働く仲間とはもちろん、お客様との絆も生まれます。初めて撮影した時は赤ちゃんだったお子様が、七五三、ご入園ご入学、ご卒業…と、ご来店頂く度に成長していく人生のドラマを、カメラマンとして見届けられる事も働く喜びのひとつです。
社会貢献性も強く、実際に写真館で働く社員となり10年が経ちましたが、今でも変わらず 最高の仕事だと思っています。

―現在のお仕事の内容ややりがい,こんな形で社会とつながっている,といった紹介をお願いします。

入社して5年間フォトグラファーとして働き、今は営業本部という部署に所属しています。所属といっても実は、専属メンバーは私だけ。自分から代表に申し出て、新しく立ち上げた部署なんです。
販促関係のことから、人事採用、研修や教育についてまで、会社全体に関することをとにかく何でもやっています。
新入社員だった頃の「お客様の為に働きたい」という思いは、社会人生活の中で「お客様の為に共に働く仲間の為に働きたい」という思いに変わり、自分で職種の変更を決意しました。
フォトグラファーとしての業務はもちろん、お客様と接する時間が大好きだったので、言わば「裏方」の立場になることは大きな決断でしたが、後悔はしていません。
社員をはじめ、色々な方と交流する中で生まれる気づきや企画、取り組み、会社全体の為に動いたことが、仲間の笑顔になり、最終的にお客様の笑顔にも繋がっていく、その過程にいられることが今はとても幸せです。
前例のない異動願いだと驚かれましたが、「あなたがそこまで言うなら、やってみよう」と、部署やポジションまで用意してくれた会社に、本当に感謝しています。

採用担当として、入社希望の方との面接も任せて頂いています。学生さんの熱いお話を伺う度、背筋が伸びる思いがします。

―現在のお仕事で「日藝」時代の学びや経験から得られた能力などがあれば教えてください。

フォトグラファー時代から、業界内の写真コンテストにはコンスタントに出品していましたが、現場を離れた今でも、プライベートで作品撮りをし、積極的にコンテストに応募しています。
高校生の頃までは、こういったコンテストをはじめ、勝負事、何かや誰かと比べられることが、あまり得意ではありませんでした。
しかし日藝に入学して数えきれない程の人と出会い、意見交換をしたり作品講評をして頂く中で、作品に限らず、全てのことは誰かに評価されてこそ新たな気付きがあり、そこに意味や価値があるという考え方に変わりました。
他者の評価を積極的に求め、そこから何かを吸収したいという前向きな姿勢になれたのは、間違いなく日藝生活のおかげだと感じています。

今まで、東京都のコンテストではグランプリの東京都知事賞、関東圏の大会では部門内金賞をそれぞれ受賞し、全国対象のコンテストでも複数回入賞することができました。
遂に今年は、ずっと憧れていた「WPC(ワールドフォトグラフィックカップ)」という写真の世界大会で、日本代表の1人に選出して頂きました。
想像もしていなかった夢の舞台に立てたのも、たくさんの方との出会いがあってこそだなと思います。
日藝時代から社会人10年目の今に至るまで、人には本当に恵まれました。いつも支えてくれる家族や仲間、周囲の方々にはもちろん、素敵な方とばかり出会える自分の豪運にも感謝です!

写真の世界大会、WPC(ワールド・フォトグラフィック・カップ)の日本代表認定式で、弊社の会長と。会長が持っている写真と上段のバレエの写真が私の作品。また下段の写真は現在の職場で大変お世話になっている先輩の作品。同じ会社から2人の日本代表選出は初めてとのこと。
―現在のお仕事を進める中で日藝を出て,良かったと感じるエピソードなど,ございましたら紹介ください。

仕事柄、幅広い業界、また年代の方と出会ってお話しするのですが、出身大学の話題が出た際に自分が日藝出身であることを伝えると、その方の業種や年齢関係なく、「日藝ご出身なんですか!」と話が盛り上がることが多く、その度に日藝の強いブランド力と知名度、世間からのイメージの良さを感じます。
会議などで少し奇抜なアイディアを出すと、「さすが日藝出身〜」「日藝らしい発想」と言われるのも、私にとっては嬉しく、心地良い瞬間です。
日藝OB OGとはもちろん、日本大学出身の方と出会った時も仲間意識で繋がれますし、自分の母校を誇りに思えること、何より、同じ気持ちでいるであろう仲間が全国にいることを思うと、元気が出ます!

―これから受験を考えている高校生に,日藝をお勧めする(としたら)一言をお願いします。

日藝には、想像を超えた出会いが必ずあります!
私は、かけがえのない友人や恩師、自分にぴったりの就職先、そして新たな自分とも、日藝で出会うことができました。
一生ものの出会いを探しに、ぜひ日藝に飛び込んでみてください。

2013年 写真学科卒業
佐藤朝子(サトウ アサコ)
株式会社光潮社 営業本部所属/学校推薦型選抜(公募制)
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