


【劇場実習とは】
劇場実習とは、「演劇・劇場を社会にひらく」をコンセプトにした演劇学科の授業です。演劇学科の学びの中心的な場所となっている劇場「北棟中ホール」を、授業のためだけの場所ではなく、より多くの人々にひらき、演劇を通じた交流の機会を作ることを目指しています。令和4年度から始まったこの授業では、毎年、演劇や舞踊公演などさまざまな形で、劇場と社会との接点を探ってきました。また、令和6年度からは他学科の学生も履修可能とし、学科の枠を超えた創作を行ってきました。




劇場は、決められた時間に、決められた場所へ観客が足を運ぶことで作品と出会う、ある意味で閉じられた空間です。大学をはじめとする多くの教育機関もそうかもしれません。そんな環境の中で演劇をつくる私たちが、「劇場を社会にひらく」とは、どういうことなのか。カリキュラムの変更にともない、今年が最後の開講となった劇場実習の授業の中で、学生たちがその問いに向き合いながら取り組んだ創作過程をご紹介したいと思います。
【令和8年度劇場実習『IN and OUT』】
今年は、創作と発表の場を大きくひらくため、誰でも参加可能なオリジナル短編演劇フェスティバルを企画しました。公演タイトルは『IN and OUT』。演劇学科だけでなく、芸術学部のすべての学科の学生が履修可能とし、さらに大学の教職員も創作・出演者として参加できる形にしました。3月から企画の募集を始め、最終的には21団体が参加することになりました。
今回の大きな特徴の一つが、劇場の「中」だけでなく、「外」にもステージをつくったことです。北棟中ホールを「INステージ」とし、その入口にある大階段下の広場に「OUTステージ」を設けました。劇場の中で作品を発表するだけではなく、劇場を飛び出し、街の中に演劇を持ち出す試みです。観客はINとOUTで同時に行われる上演から、観たい公演を選択して、劇場の中と外を行き来する。音楽フェスの演劇版のような上映形態です。


【専門を越えて、ひとつのフェスティバルへ】
これまでの劇場実習では、教員が中心となってコンセプトや作品内容、各セクションのデザインなどの方向性を決めていましたが、今年度は学生が主体となって企画・運営を行いました。まず2月に演劇学科内で履修を希望する学生を集め、コンセプトや企画についてディスカッションを行いました。そこで出されたアイデアや意見をもとに、総合演出の中野成樹先生(演劇学科教授)を中心に草案を作成。その後、3月に芸術学部すべての学科へ授業の案内と企画募集を行いました。
4月の授業ガイダンスには、芸術学部8学科から130名を超える学生が集まりました。 作品の募集条件、「3分~20分以内」「オリジナルの作品であること」「舞台上演をその強みとするもの」という、自由度の高いものでした。創作の過程では、お互いの稽古を見せ合い、教員や履修者全員からフィードバックを出し合う機会も設けました。創作出演だけでなく、フェスティバル全体の技術面や制作業務も学生たちが主体となり準備と運営を行います。企画制作、舞台監督、舞台美術、照明、音響など、それぞれのセクションにも演劇学科以外の多くの学科から参加がありました。
今回目指したのは、単に「自分たちの作品を発表する場」をつくることではありません。普段演劇や芸術に触れる機会の少ない地域の方々が作品を見ること、そしてひとつひとつの作品がフェスティバルという大きな枠組みの中の一部として存在することも、創作の段階から意識してもらいました。また、異なる分野で芸術を学ぶ学生たちが同じ場所に集まり、一緒に創作することで、新しい視点を得ること。そして、自分自身の表現について改めて考えること。そのような相互作用が生まれることを期待しました。
【なにもない場所に劇場をつくる】
今回の公演は、「IN」と「OUT」の2会場で同時に行いました。INステージは北棟中ホール。対してOUTステージは、中ホール入口の大階段下にある広場に特設会場を設営しました。
特にOUTステージでは、「なにもない空間に劇場をつくる」という新しい試みに、さまざまな課題がありました。大通りに面した広場に会場を設営し、街の人たちの生活の中に演劇が飛び出していく。通りかかった人が「何か面白いことをやっている」と思い、自然と足を止めたくなるような空間をつくる。そこは劇場として用意された場所ではありません。不特定多数の人が行き交うパブリックスペースであり、天候の周囲の環境にも大きく左右されます。台風や天候の急変が多い時期でもあり、安全面についても十分な対策が必要でした。

美術や機材設置のためのイントレの設営には専門的な知識も必要です。今回は(株)シミズオクトさんにご協力いただき、授業内で設営の講習を兼ねた作業を行いました。音響・照明・舞台美術などの設営についても、暑さや雨、風の影響による安全面への配慮に加え、屋外であることによるデザイン上の制約がありました。
仕込み期間中には非常に暑い日が続いたかと思えば、突然の大雨に見舞われることもありました。普段の劇場という守られた環境の中で作品をつくるだけでは経験できないことが、次々と起こります。多くの条件的な制限や予測できないトラブルがある中で、学生たちは話し合いを重ね、その時点でできる最善を選択しながら、公演当日まで準備を進めていきました。


INステージとなった中ホールには、舞台や客席をはじめ、照明、音響、映像、舞台機構など、劇場として必要な条件が整えられています。一方で、場所や設備が用意されていても、演劇をつくるとき、私たちはいつも「なにもない」空間から出発し、そこに世界を構築していきます。
今回は、OUTステージが同時進行していたことで、学生たちにとって、この当たり前が少し崩れたのではないかと思います。劇場という「すべてがある」空間を前にして、そこからどのように世界を立ち上げ、構築していくのか。そんな新たな意識が、学生たちの中に芽生えたように感じます。

【その場所、その瞬間に生まれる演劇】
今回は多くの団体が参加したため、本番は2日間に分け、各団体1回限りの上演となりました。1日目の7月17日は18時開演。INステージは順調に進みましたが、OUTステージでは途中から大雨が降り始め、急遽、上演会場を小ホールへ変更することになりました。
学生たちは手分けしてお客様を誘導し、音響や照明の機材を大急ぎで移動。限られた時間の中で、上演の準備を整えていきます。事前に準備してきた完全な状態での上演は叶いませんでしたが、与えられた環境と、その場にいつお客様の反応を受け取りながら、その時、その場所で、どうすれば一番楽しんでもらえるのかを考え、それぞれの作品を上演することができました。





2日目の7月18日は12時開演。この日は天候にも恵まれました。土曜日の昼間ということもあり、通りかかった人たちが足を止めて上演を見てくれたり、「何をやっているのか」と尋ねてくれたりする姿が見られました。創作・出演した学生たちも、自分たちの発表時間以外には、客席案内や呼び込みなどに加わりました。通りかかった街の人が足を止めて上演を見る。外国人の方に学生が英語で呼び込みをする。そこには、普段の劇場での公演とは少し違う、素敵な光景がいくつも生まれていました。演劇が観客を待つのではなく、街の中へ飛び出していくことで生まれた出会いでした。
今回はINステージについては客席数に限りがあるため事前予約制とし、観客がふらっと立ち寄って観る、ということは叶いませんでしたが、OUTステージでは、街を歩いている人が偶然演劇と出会うことができ、「この劇場の中でも何かおもしろいことをやっている」という期待を持ってもらうことができたのではないかと思います。








【『IN and OUT』の先に】
劇場実習という授業が始まってから掲げ続けてきた「演劇・劇場を社会にひらく」というコンセプトは、毎年、アプローチを変えながら引き継がれてきました。その集大成ともいえる今回の『IN and OUT』では、劇場の「中」だけで演劇を完結させるのではなく、異なる専門を持つ学生たち、街を行き交う人々、そして予想外の出来事や環境までも含めて、自分たちの「外側「にあるものと出会いながら作品をつくることに挑戦しました。
演劇は、上演が終われば跡形もなく消えてしまう時間芸術です。だからこそ、その瞬間、その場所にいる人たちが何を感じ、何を受け取り合うのかが重要になります。今回の実習で経験したさまざまな出会いは、演劇をつくるということについて、改めて考える機会にもなったのではないでしょうか。
総合演出の中野成樹先生が、上演にあたり、このようなメッセージを寄せました。
「今回は時間の関係で、出演者は一回限りのステージ、お客様もお一人様で全てをみることができません。しかし、これは当たり前といえば当たり前で、私たちはこの世の全てを見ることは不可能です。それは目の前にいるたった一人の人間にしてもしかり。どれだけ時間をかけてもその人の全てを見ることはできません。それでも我々は人と出会ってゆきます。しかも、そこに希望を予感しながら。」
私たちは、目の前にいる人のすべてを知ることはできません。自分たちの表現が、誰に、どのように届くのかを完全に予測することもできません。それでも誰かと、なにかと出会い、その出会いの中で感じ、考え、また表現していきます。いま、ここで、誰に対して、何を、どのように表現するのか。この問いに決まった答えはありません。演劇を生業とする私たち教員もまた、日々その問いに向き合い、模索し続けています。劇場実習という授業は今年で最後の開講となりますが、「演劇・劇場を社会にひらく」という試みは続いていきます。自分たちの内側にある表現を外の世界へひらき、外の世界から新たなものを受け取り、また自分たちの表現を問い直していく。今回の『IN and OUT』というタイトルが示すように、その「内」と「外」を行き来する営みが、これからも演劇をつくっていくのかもしれません。



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