演劇学科生がイギリスの演劇学校で俳優修業合宿!

嗚呼!なんと遥かなる旅路であろうか、我々の志す演劇の道は!

ということで、行ってまいりました。イギリス・ウェールズの首都カーディフに居を構えるロイヤル・ウェルシュ・カレッジ・オブ・ミュージック・アンド・ドラマ。名前が長いので、この記事では「ウェールズ音楽演劇学校」と呼ぶことにします。演劇学科で演技を学ぶ学生たちが、夏休みに約2週間の俳優修業へ出かけました。昨年の夏から日芸とウェールズ音楽演劇学校の間で打合せと準備を重ね、ついに実現したイギリス合宿です。

 イギリス?ウェールズ?カーディフってどこ?いくらかかるの?パスポート?イギリス寒い?雨ばっかり?サトウのごはん持っていく?お腹壊さない?風呂?シャワーだけ?ユーロ?ポンド?ネットつながる?英検4級だけど…?Oceanを「オシーン」って読んじゃうけど大丈夫???

 数々の不安が頭をよぎりますが、我々を駆り立てたのは、

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‍もっと演技が上手くなりたい!

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の一念でした。演技に磨きをかけられるなら、海を超えてどこまでも行く若き志士たちです。

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 イギリスは世界有数の演劇大国。かのウィリアム・シェイクスピアもイギリスの劇作家ですね。ハイレベルな舞台を生み出し続けるイギリス演劇は、俳優養成の環境も非常に充実しています。イギリスには20数校の演劇学校があり、プロの俳優になるには演劇学校でみっちりと修業を積むのが一般的です。週に30〜40時間の演技訓練を3年間受けて、卒業時にエージェントの前で演技を披露、そこから契約を勝ち取った者が晴れてプロの舞台に立つことになります。その分、演劇学校に入る競争率も極めて高く、ときには倍率が100倍になることも珍しくありません。今回訪れたウェールズ音楽演劇学校もそのひとつ。かつてアンソニー・ホプキンスも学んだ名門演劇学校です。

今回参加したのは、大学3、4年生と大学院生。日芸でかなり演技経験を積んできた上級生たちです。それでも、イギリス俳優教育のあまりのレベルの高さに悪戦苦闘することになったのでした…20時間のフライトを終えた後、ロンドン・ヒースロー空港からバスに揺られて3時間。印象派絵画のようなイギリスの田園風景を眺めながら、これから本当に2週間のトレーニングを乗り切れるのかと不安な面持ちの学生たちです。
 時差ボケに苦しみつつも、朝9時にこれぞイギリスの朝食!という感じの食事をとり、お腹がいっぱいになったところでいよいよ授業がスタートです。授業は毎日10:00から18:00まで。さらに1日の授業が終わった後は、明日のために毎晩宿題が出ます。文字通り朝から晩まで演技のことだけを考える日々で、挫折なんかしているヒマはありません。

プログラムは、

 

演技(Acting)

声(Voice)

動き(Movement)

 

の、3種類。俳優教育の中核をなす3本の柱です。

 演技指導は「Lovely!!!」が口癖の情熱的なマリ先生。舞台演技が中心でしたが、嬉しいことに映像の演技と声優の演技についても体験することができました。マリ先生は舞台、映像、そして声優の仕事もする俳優で、なんとマリ先生の声が使われたゲームをプレイしたことのある学生もおりました。先生は学生からの要望を聞いて、急遽スタジオを借りてくれたのです。

授業では、たとえばこんな課題が出ました。

・AとBペアになり、Aの行動を1分間観察した後、Bはまったく同じ動きを再現する。
・日常生活の中からある場面を選び、それを2分間で再現する。
・電話をかけて、架空の相手との対話を演じる。相手は別々の3人を設定する。1人あたり2分間。

どんな狙いがあるか分かりますか?いずれも演技をする上でとても重要な要素を含んでいます。マリ先生はウタ・ハーゲン(アメリカの女優・俳優指導者)の演技訓練法に詳しく、その理念・方法を軸にじっくりと指導していきます。学生が戸惑うほどよく褒めてくれるのですが、最後に「次にチャレンジするときは、〇〇に気をつけるともっと良くなる」と、モチベーションを上げつつ熱のこもった指導を繰り広げます。ときどき「たとえばこんな感じ」と演じて見せてくれるマリ先生の演技が、上手い。デモンストレーションを見ただけで泣き出す学生もちらほら。

 声の指導は経験豊富なエマ先生。1人1人の声の違い、身体の使い方、癖、傾向などを瞬時に見抜き、それぞれに応じた指導法を数多く示してくれたベテランのヴォイス・ティーチャーです。まず講義形式で声が出る仕組みを学んだ後、それを自分たちの身体を使って確かめてみて、少しずつ言葉や台詞につながっていくプロセスを、理論と実践を重ね合わせながら進めていきました。大切なのは「いい声」ではなく「自分の声」。いつのまにか癖・習慣となっていた声をもう一度見直して、自分の身体から起こる「自然」な声を発見する過程で、学生たちは自分で自分の声に驚くという経験を重ねました。

 身体表現は若く理知的なマイケル先生。ジャック・ルコック(フランスの演劇実践・教育者)の訓練を元に、身体と空間のつながりを多角的に探っていきます。実にシンプルな動きから始めるのですが、それが徐々に拡大され、応用され、言語表現やコミュニケーションのあり方にまで広がっていくのです。身体表現は身体だけの問題ではなく、演技表現の根幹であることがはっきりと示されるような、非常に説得力のある授業でした。

 声の訓練と身体の訓練が別々ではなく、密接につながっていること。そして声と身体が演技を根底から支え、そのレベルを左右することを、学生たちは身を持って体験してきました。たった10日くらいの授業でしたが、演技に対する考え方は大きく変わり、同時に「これを3年間受けるイギリスの俳優ってどんなレベルなんだ…」と、上を見ても上を見ても果てしない空の高さに唖然とする瞬間も少なくありませんでした。帰国後にある学生の口から出た「自分は最低限のレベルにすら達していなかったと自覚した」という言葉は、イギリスでの経験を象徴するかのようです。
 しかし、打ちひしがれたわけでも、有頂天になったわけでもありません。まさに「目の色が変わった」というのでしょうか。ひたすら演技に向き合う学生の姿は、これから大きな飛躍を感じさせてくれるものでした。自分が抱えてきた課題や質問をどこまでも受け止めてくれるウェールズ音楽演劇学校の中で、学生たちは真摯に、貪欲に質問を投げかけ、また実践を重ねて試行錯誤をくり返しました。自分が学んでいる演技というものは、こんなにも奥深い世界なのかと、悔しさと嬉しさが入り混じったような顔つきでカーディフを後にする若き日本の俳優たちです。

 そうそう、合宿の最後にウェールズ音楽演劇学校から嬉しいサプライズがありました。ロンドンのシェイクスピア・グローブ座での観劇をプレゼントしてくれたのです。グローブ座はシェイクスピアが活躍した時代の劇場をそのまま復元して、イギリスでシェイクスピア劇を観るならやっぱりここ!という劇場です。しかも、ウェールズ音楽演劇学校の卒業生が出演しているというではありませんか。さらに、ついこの前卒業したばかりの新人俳優…ということは、合宿に行った学生たちとほぼ同年代。で、イギリスを代表する劇場の舞台に立っている。そんな姿を見れば、学生たちのハートにも火がつきますね。そしてなんと、終演後には出演者がロビーまで会いに来てくれたのです。

彼ら彼女らは、イギリスでの体験を日本に持ち帰って、これから自分の演技をどうしていくのか。大きな夏休みの宿題を抱えて帰国する事になりました。これを機に卒業後の留学を考える学生もいれば、合宿での訓練を継続するために日本で場所を作ろうとする学生もいます。

秋から幕が開く日芸での舞台がとても楽しみです。君たちはすぐ調子に乗るから言わなかったけど、先生は鼻が高かったんだよ!

演劇学科
松山 立
日本大学芸術学部演劇学科准教授。初めての演技は、たしか幼稚園のとき。お弁当の時間になぜか左利きだとウソをついて、それからずっと左手で食べる羽目に。演技には責任が伴うと痛感しました。それからいろいろあったんですが、大学卒業後にロンドンの演劇学校で俳優修業をして、帰国後は演技理論と実践をつなぐ研究をしています。ライフワークとして戯曲の読書会『本読み会』を主宰。趣味はランニングと野球観戦。練馬の街を走りながら、ベイスターズの優勝を気長に待っています。
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