CAREER Model インタビュー企画 株式会社ビデオペディック 報道番組部 映画学科卒業 吉田 直矢さんに聞いた「日藝」とは??

ー当時を振り返り,日本大学芸術学部へ入学された動機など,教えてください。

小さい頃から家では常にドラマや映画が流れているような環境で育ったので、もともと映像関係の仕事に憧れがありました。
‍
ただ、当時は日本大学芸術学部のことを全然知らなくて、日大の付属校に通っていたこともあり、漠然と「将来は日大のどこかに行くんだろうな」と思っていました。そんな時に高1の時に校外学習で日藝のキャンパスを訪れたことが日藝との出会いでした。そこで映像や芸術の世界で自分の才能を武器にして活躍している先輩方の姿を見て、それがすごく眩しく感じられて「自分もここで学びたい」と思ったことが、一番大きなきっかけでした。

高校では陸上競技に打ち込んでいたので、これまでとは全く違う世界に飛び込むことへの不安もありました。でも、今振り返ると、あの時に日藝を選んで本当に良かったと思っています。

陸上部の頃の私です。長距離を専門に走ってました。当時から日藝に入って20kg太りました。‍

‍

ー学生時代はどのようなことを専門に学ばれていましたか。また,学生時代はどのようなことに打ち込まれていましたか。

映画学科の監督コースで、企画から脚本、監督、編集まで、一本の映画が完成するまでの一連の流れを学んでいました。
‍
学生時代に特に力を注いだのは、4年生の卒業制作です。30分ほどの作品を、監督コースと撮影・録音コースで班を組んで制作するのですが、その中で自分が特に大切にしていたのが、「明るく優しい現場を作る」ということです。
‍
映画の現場に限らず、映像業界には厳しい場面や、緊張感のある状況もあると思います。自分自身、そうしたピリピリした雰囲気があまり得意ではなくて。だからこそトラブルが起きたときにもみんなでカバーし合って、自然と笑いが生まれたり助け合えたりするような、とにかく笑い声のあふれる現場を目指して、卒業制作に取り組んでいました。

卒業制作の照明たち‍
江古田にあるぺぺというお店の前で撮影した時です。残念ながら今はなくなってます。‍

ー学生時代に印象に残っている授業科目や課外活動などはございましたか。

特に印象に残っているのは、「シナリオ作法」という授業です。
‍
脚本を書いて先生に指導していただく授業だったのですが、頭の中には物語の構想やイメージがあっても、それを実際に言葉にして、シーンやその場の雰囲気まで伝わる文章にすることがすごく難しくて、いつも頭を悩ませていた記憶があります。
‍
そんな中でも先生は、良いところはしっかりと褒めて伸ばして、改善した方がいいところは具体的に指摘してくださいました。そのやり取りを通して、自分の頭の中にあるものを、相手に伝わる形にすることの難しさと大切さを知りました。
‍
当時はそれが当たり前のように感じていましたが、今振り返ると、第一線で活躍されている先生から直接指導していただけるというのは、本当に貴重な経験だったと思います。卒業してから改めてそのありがたさを感じていて、「もっと大切に授業を受けておけばよかったな」と少し後悔しています。

‍

ー日藝に入る前のイメージと,入学後,卒業後のイメージにギャップはありましたか。

入学前のイメージと実際のギャップでいうと、まず「日藝には変な人がたくさんいる」と高校の先生から聞いていました。

実際に入学してみると、意外とみんな普通なんです。でも、今思うのは、「変な人が日藝に集まってくる」というより、「日藝が人をちょっと変えていくんじゃないか」という事です。個性的な人たちに囲まれて過ごすうちに、みんな少しずつ自分らしくなっていくというか、卒業する頃には入学したときよりも個性的になっている人が多かった印象があります。

もう一つ、入学してから知った大きなギャップが、キャンパスです。

自分は江古田の日藝に憧れて入学したのですが、1・2年生は所沢校舎に通うことになってまして、その校舎は江古田とは違って、少し都会の喧騒から離れた環境だったので、最初は「こんな感じなんだ!」と驚きました。

当時は、通常は1•2年で所沢校舎を離れるのですが、単位が取れずに3年生になっても所沢校舎に通うことは「サントコ」と呼ばれていました。笑
4年生のときに江古田校舎へ完全移転したので、結果的に4年生になっても所沢にいく「ヨントコ」は回避できました!

日芸祭の時の1枚です。ちゃんと大学生らしい事もしてます!この時は肉を焼いてました。
懐かしの所沢校舎。緑がいっぱいで大きなアリが沢山いました。

ー学生時代に抱いていた「こうなりたい,こんなことをしたい」という「夢」について教えてください。

入学した当時は、とにかく見るもの、触れるものすべてが新鮮でした。編集をするためのパソコンやフィルムカメラ、シナリオを書くことなど、これまで触れたことのなかったものに囲まれて過ごして、そんな環境の中で、僕が抱いていた夢は、やっぱり映画監督になることでした。

私は映画の魅力は、自分では経験できないような世界や出来事を、映画を通して体験したように感じられることだと思っています。自分が映画を好きになったのも、そうした「映画だからこそできる体験」に魅力を感じたからで、だからこそ、自分が作った映画を観た人に、自分の描いた世界を感じてもらいたい。そして、何か一つでも心に残るものを届けられる映画を作りたい。そんなことを思いながら、4年間を過ごしていたような気がします。

卒業制作のライブシーン

ー現在のお仕事に就かれた理由や動機などを教えてください。

映画監督になりたいと思っていましたが、なりたいと思って簡単になれる仕事でもないので、まずは「とにかく映像に携わる仕事がしたい」と考えていました。

そこで、大学3年生の終わり頃から就職活動を始めたのですが、結果は応募した会社に全て落ちてしまって。「もう就職するのはやめて、フリーターをしながら脚本を書いたり、自分のやりたいことをやって生きていこう」と考えていました。

そんな中、4年生の11月頃に親から「どんなところでもいいから、一度は就職しなさい」と言われダメ元で就職指導課の先生に相談したところ、今の会社の求人を紹介していただきました。

正直、その時は自分が今の会社に入るとは全く思っていませんでしたが、その求人に応募したことが今につながっています。

‍

ー現在のお仕事の内容ややりがい,こんな形で社会とつながっている,といった紹介をお願いします。

現在はテレビ局の報道番組でニュース映像の編集をしたり、ドキュメンタリー番組の映像編集をしたりする仕事をしています。自分が編集した映像をテレビを通して多くの方に届けられるということが、この仕事の大きな魅力だと思っています。

以前、「ザ・ノンフィクション」という番組の編集を担当させていただいたことがありました。その時は、ディレクターと深夜まで「ここの画にはこういう狙いがあるんです」と、お互いの考えをぶつけ合いながら、一つの作品を作り上げていきました。その過程が本当に楽しくて、まさに自分がやりたかった「映像を作る仕事」だと感じたのを覚えています。

そして、その作品が実際にテレビで放送され、自分の名前がエンドロールに出ているのを見た時は、もう言葉では表せないくらい嬉しかったです。映画監督を目指していた学生時代の自分にとっても、一つの夢が形になったような瞬間でした。

一方で、ニュース映像は特に、自分の名前が表に出ることはありません。でも、映像は編集の仕方ひとつで、同じ出来事でも受け取る印象が大きく変わってしまうことがあります。だからこそ、情報を正確に伝えることはもちろん、編集には常に責任を持って向き合うようにしています。

ただ、他の人と同じことをやっているだけでは面白くないとも思っているので、これからも正確さや責任感を大切にしながら、自分らしく、精一杯「攻めた編集」をしていきたいと思っています。

https://youtu.be/T7pr67rNGJo?si=NKfg0uHtfAtiTdQ4
普段の仕事風景です!

‍

ー現在のお仕事で「日藝」時代の学びや経験から得られた能力などがあれば教えてください。

まず日藝で得たものの中で、一番大きいのは「感性」と、「伝わる形を考え続ける力」だと思っています。

在学中から映像編集はしていましたが、実際に仕事として行う編集は、学生時代にやっていたものとは全く別物でした。映画制作では、自分たちで撮影した映像を、自分たちが思い描いた形に編集していきます。一方で、今の仕事では、カメラマンやディレクターが撮影してきた映像の意図を汲み取りながら編集していく必要があります。

最初はその違いにすごく戸惑いましたし、正直、辞めたいと思ったこともありました。でも、少しずつ経験を積む中で、日藝時代の学びが今につながっているなって今すごく思ってて。

特に印象に残っているのは、先生から何度も「それじゃ伝わらないよ」と言われたことです。当時は、「そんな事言われてもな」って悩むことも多かったですが、今振り返ると、その言葉は映像の本質を教えてくれていたのだと思います。

映像には、間違いはあっても、絶対的な正解はありません。だからこそ、「これでは伝わらない。では、どうすれば伝わるのか」を考え続けることが大切で、その姿勢は映画制作の頃も、今の仕事でも変わっていません。

これからも、多様な受け取り方や表現の可能性を大切にしながら、自分なりの答えを探し続けていきたいと思っています。

編集のキーボードと画面です。カラフルで可愛いです。

ー現在のお仕事を進める中で日藝を出て,良かったと感じるエピソードなど,ございましたら紹介ください。

日藝を卒業して良かったと感じるのは、学生時代に「一人ではなく、いろいろな人と一緒に作品を作る」という経験ができたことです。

特に映画制作では、監督コースだけではなく、撮影・録音コース、それぞれが自分の考えやこだわりを持っているので、意見がぶつかることもありましたが、話し合いながら一つの作品を作り上げていく経験は、今の仕事にもすごくつながっていると感じます。

現在の仕事でも、自分一人で完結する仕事ではないからこそ、相手が何を考えて撮ったのか、何を伝えたいのかを考えながら編集する必要があります。

そう考えると、日藝でいろいろな人と作品を作ってきた経験が、今の自分の仕事の土台になっているのだと思います。

また、日藝には映像だけでなく、演劇や音楽、美術など、さまざまな分野を目指している人がいました。そうした人たちと学生時代を過ごせたことで、自分にはなかった考え方や表現に触れられたことも、今振り返るとすごく大きかったと思います。

3年生の時の映画の中のワンシーンです、1番青春してました

ーこれから受験を考えている高校生に,日藝をお勧めする(としたら)一言をお願いします。

卒業してから7年近く経ちますが、今でも「もう一度戻りたい」と思ってしまう場所です。

授業や設備など、日藝で学んだことはもちろんですが、友達と朝まで飲んで、次の日に二日酔いで授業に出たことも含めて。学生時代に経験したことの一つひとつが、今では一生かけがえのない思い出になっています。

それくらい、自分にとって日藝で過ごした時間は大切なものでした。本当に学生時代をもう一度やり直したいと思うくらいです(笑)。

これから日藝を目指す皆さんにも、きっと卒業した後に「日藝に行ってよかった」「もう一度戻りたい」と思えるような時間を過ごしてもらえると思います。

受験や入学後のことを考えると、いろいろ不安になることもあると思いますが、あまり肩に力を入れすぎず、仲間と一緒に思い切り楽しんでください。

そして、江古田には本当においしいご飯屋さんがたくさんあります!授業だけじゃなく、ぜひ自分だけのお気に入りのお店も開拓してください!!

4年生の時の日芸祭、まだ就職先決まってなかったのに楽しみました。この時はマッシュポテト出してました。
映画学科 監督コース 2020年卒業
吉田 直矢(ヨシダ ナオヤ)
株式会社ビデオペディック 報道番組部 付属推薦利用
OTHER TAGS