仲間と一緒に映画を作る。その楽しさと、葛藤が
アナウンサーとしての
今を、支えている
テレビ関係の仕事に就きたい。
きっかけは漠然とした夢だった
少年時代、ジャニーズ事務所に入りたかったんです。
それで何度も何度も履歴書を送ったのですが、結果は完敗。箸にも棒にもかからなかった。だからと言って、いつかは芸能界へ!という強い憧れを持ちつづけていたわけではありません。普通に中学、高校と進学し、国語より算数ができたから、というこれも緩い理由で、高校3年生の時は理系コースを選択しました。
しかし、大学進学を控えて、自分がやりたいことは何かと考えた時、思い浮かんだのは理系からつながる仕事ではなく、テレビ関係の仕事。番組制作の仕事がしたいと、漠然と思いました。それで見つけたのが、日本大学芸術学部です。
ここで学べば、テレビの仕事ができるかもしれない。そう思い、放送学科を選びました。
脚本、撮影、編集・・・。
映像制作を一から学ぶ
入学して驚いたのは、見た目も、考え方も、やっていることも、何しろ個性的な人が多いこと。そうした人たちからよい刺激を受け、楽しく過ごせましたし、人間的にも成長できた4年間だったと思います。私はテレビ制作コースに所属していたので、授業では特にドラマ制作について学びました。脚本や構成、コンテの描き方、撮影方法、映像編集など、技術的なことを一から学び、多くの実習も経験しました。
また、社会と向き合いながらいかに自分が伝えるべきことを伝えていくか。そういった心構えについても学ぶことができました。「テレビ局の人たちはこういう考えで番組を制作しているのか」という気づきを得たことで、学びと将来の仕事を結びつけられるようになってきました。
映像制作サークルで知った、
モノづくりの楽しさと難しさ
授業以外でも、友だちと立ち上げたサークルで、ショートムービーを中心とした映像作品を作り、学園祭で上映したり、学外の映画祭などへ応募したりしていました。映画学科など他学科の学生や、他の映画サークルの学生などと交流する機会も多く、視野が広がったと思います。
周囲には「ドラマを作りたい」「ドキュメンタリーを撮りたい」など、明確な目標を持って入学した学生が多くいました。だから映画の話をしても、向こうは「○○監督の作品の特徴は・・・」とか、「このシーンのパンがすごいな」とか、知識も見方も考え方も深い。話についていけず、ポカンと聞いていることも多かったですね。
でも、そんな人たちと真剣に話し合い、一つの作品を作るのは楽しいですし、勉強になる。一方でお互いの意見がぶつかり合ったり、葛藤があったりといった、モノづくりの難しさも実感しました。一つの作品を作るには時間も手間もかかり、大変です。でも、みんなでああでもない、こうでもないとやり合いながら作品を作るのは、本当に楽しかった。青春でしたね。
制作がわかることは、
アナウンサーとしての強みになる
テレビ番組制作を希望していたのですが、縁あってアナウンサーとしてフジテレビに採用していただいてから、17年が過ぎました。アナウンサーを目指していたわけではないので、入社時には「報道がやりたい」とか「スポーツがやりたい」といった明確な希望がありませんでした。理想のアナウンサー像がないので迷いが生じることもありました。が、逆に「これ」というこだわりがなかったためになんでもできる、なんでもやってきたのは結果的によかったのではないかと思っています。
また、事件だけではなく、歴史的感動の瞬間にもたくさん立ち会い、なおかつそれを自分の言葉で伝えることができるアナウンサーという仕事は楽しいですし、社会的に意義のある仕事だと、やりがいも感じています。スポーツ実況の他、最近では情報番組「めざまし8」も担当させていただいています。スポーツ実況は事前の準備が大切です。自ら現場を取材し、アスリートの方の想いを聴きとり伝えることを心がけています。その中で「13歳、真夏の大冒険」のようなフレーズも、自然と生まれました。
一方、情報番組は、みんなで作るものです。使う映像、テロップ、コメントの言葉。一つ一つに制作サイドのこだわりを感じます。打合せで制作サイドの想いをくみ取り、それを大切に伝えていきたいと、いつも考えています。そう考える背景にはやはり、大学時代に作る側としての経験をしたことが大きいと思います。作る人の気持ちがわかることは、アナウンサーとしての強みになっているのではないかと、自分では考えています。日藝を卒業して随分経ちますが、当時のサークル仲間とは今でも時々会います。他局で制作をやっていたり、ドキュメンタリー監督になっていたり、映像制作会社を立ち上げたり。今でも、仲間が頑張っている姿からは刺激をもらっています。
日藝はやりたいことが明確にあって入学する人が多いのですが、逆に、やりたいことが見つからない、迷っている人にこそ、入ってもらいたいですね。漠然と入学しても、私がそうであったように、周りからよい刺激を受けて成長できる大学だと思いますから。
40歳。(株)フジテレビジョン編成制作局アナウンス室 副部長。
※画像:(C)フジテレビ